やんちゃ坊のおかげで やっと 笑顔も もどりました

 

そのせつは大変にお世話になりました。

小野さんには ふうも可愛がって頂いていましたので 臨終までの経過、そして

お見送りのようすも話を聞いて頂きました。ふうのお別れのさいには 私たち家族の

思いに 暖かく ていねいに対応して下さったことに 感謝の思いでいっぱいです。

あの子に対して 精一杯のことをやったと思っても まだ 何かやれることは無かったかと

の思いは残り 大切な家族を失った悲しみは癒えることもありませんでした。

ふと気が付くと ペットショップや 近所で出会うワンちゃんに ふうの姿をさがしている

自分がありました。 家中は静まりかえり 笑うことも無く ふうの存在の大きさを

あらためて思い知る日々でした。こんな 悲しい思いはしたくないと決めていましたが

ふうによく似たヨーキーにめぐり合い 我が家 初の 男の子を新たな家族として迎えました。

やんちゃな 破壊王(はかいおう)で 家中のものを かんでは壊し 家族に迎えて 一月も経た

たないのに プラスチックを飲み込み 開腹手術をおこないました。いまは すっかり元気に

なって 破壊力はパワーアップし 相変わらず手当たり次第に口にしてしまうために 目が

離せず うれしい悲鳴をあげながら忙しくしています。小さな新家ぞくは ふうに見守られ

ながら スクスク成長しています。いまは それぞれ皆 仕事に集中できるようになりました。

こうなるまで ながくかかりましたが やんちゃ坊のおかげで やっと 笑顔も もどった

我が家の様子を お知らせしたい思いで お手紙を書かせていただきました。

 

所沢市 スナガワ

 

 

 


あれから12年「ラビ」の事を想い続けて

白ユリペットセレモニー様

一月の寒い中  先のネットラジオで放送された  我が愛兎「ラビ」のエピソードのCDを届けていただけた事に

とても嬉しく驚きました。 こころより感謝とお礼を申し上げます。 有り難うございました。

早速 本当に即刻… CDデッキにセットして、幾度も 幾度も 繰り返しながら流し 声をあげながら聴きました。

涙も その度に流している私でした。

私にとって「ラビ」は  本当に亡くした我が子の年を数えるが如くに、想いを深めてきたものです。

十二年の歳月の経過を得ても、私の心に残るたった一つの悔いが・・・・・・

あの子が 病気にかかっている事にさえ全く気付かなかった事へのショックでした。

あの時、 病院から娘が「お母さん「ラビ」が 診察台で 手をほどこす前に 息をひきとったの!」と・・・

いきさつを聞いて「えっ えっ⁉」っと、ただただ おどろきの声しか出ない私でした。

この先も 私は, この罪を心に持ち続けながら、「ラビ」の事を想い続けて参ります。

2019.1.7(月) 記

所沢市 「ラビ」ママより

 

 

 


まるちゃんが飛んでいってしまった

お久しぶりです! 実は大変なニュースがありまして・・・

まるちゃんのラジオ放送が終わって1週間後の7月25日に

まるちゃんが飛んでいってしまいました。

せんたくものを出すときに  窓をあけたちょっとした瞬間に・・・ 

悲しくて悲しくて さがし回ったり  あっちこちはり紙をはったり、

手をつくしましたが帰ってきません。

かわいかっただけに本当につらいです。

「陽の光」をかわいがって下さり ありがとうございます。

別れが突然・・・というフレーズが心にしみます。

               昭島市 あきやま 

 

 

 


愛犬ニコに まだ さよならと言えないの‼

愛おしい  愛おしい ニコへ

平成29年6月22日に お世話になりました ニコの家族です。

愛犬二コが天国へ行って しばらくは 小さな小さな お骨を見ては泣いていました。

 

亡くなる二週間前に 肺炎と診断され 肺が真っ白ですと言われ 三日間入院しました。

病院に迎えに行くと奥の方で「早く来てよ」と ニコが吠えて呼んでいました。

その後 少し回復し 元のように元気になるかと思っていた矢先に・・・

私が勤めから帰るのを待っていて 元気な可愛い顔を見せてくれたその夜に

呼吸があらくなり 苦しそうでした。

 

最後を迎える時は 私の腕の中で 私の目をじーっと見て「泣かないで」「悲しまないでね」と 訴えていました。

でも やはり ニコの事を思い 涙がほおを伝い 約束できませんでした。

 

私を呼ぶ声が「ワン」と聞こえてきます。 朝夕の散歩をニコと一緒に 今日も一回りして来ました。

ニコも 私たちも 互いに楽しく 幸せな日々でした ・・・ ニコに感謝です。

 

今ごろは虹の橋を渡り 沢山の仲間たちと 苦しみもなく 楽しく遊んでいる事と思います。

たまには 私たちの事も思い出して 遊びに来て・・・ ニコちゃん

これを書きながら 涙が止まりません。 淋しいよ! とても ニコに会いたいお母さんです。

笑顔で 思い出を話せるように努力しますので それまで見守っていてね〜

まだ さよならと言えないの‼

ニコのお母さんより 入間市 もりした

 

 


ミュー ごめんね‼

早いもので 去年の2月10日でミューの七回忌を終えてました。 今年も 命日には お参りできずごめんね。

この頃は 4月に会いに行くようにしています。本当はもっと会いに来てあげたい思いはあるんだけど・・・

ミューを亡くした後には ペットロスだったんでしょうか 家の中は会話もめっきり減って空虚な日々がー。

 

心配した息子が 仕事中に見かけた『子ねこあげます!』のはり紙に出ていた子ねこを見に行こうと

誘いに来てくれました。次の子なんて考えてもいなかったわけですが 熱心さにほだされて見に行きました。

ほかの兄妹ねこ達は みなもらわれていき 2匹だけ残っていたうちのキジトラをいただいてきました。 

ミューにの気兼ねのようなものも無くはなかったのですが 決まらないと この先には処分の道しか・・・

そう聞いてはあまりにも惨めすぎます。 

むかえたその子には「きら」と名ずけました。とても甘えん坊で 主人にはベタベタです。

私は叱る役で 食べ物をねだる時しかいい顔はしてくれません。

仕事から帰ってくる主人の足音を感じとって 窓によじ登って姿を確認して 玄関に出迎えしドアが開いたら

足元にまとわりつき抱っこをせがんで 腕の中に入ったら顔から唇からぺろぺろとなめまくっています。

こうなると可愛くないわけはありません。出かけることも最小限にするため ミューのお参りも遠のきます。

 

所沢市 井上ミュー ママ

 

 

 


あの子によく似た子を また迎えました。

この度は ごていねいにお手紙をいただき ありがとうございました。小野さんには ふうもかわいがっていただいていましたので、サイキまでの経過、そしてお見送りについても話を聞いていただきました。ふうとのお別れには、私達 家族の思いに、あたたかく、ていねいに対応して下さったことに感謝の気持ちでいっぱいです。 精一杯のことをやったと思っても、まだ何かやれることはなかったかと悔いは残り、大切な家族を失った悲しみは癒えることもなく、気が付くと、ペットショップや 近所で出会うワンちゃんに ふうの姿をさがしていました。家の中は静まりかえり、笑うこともなく、ふうの存在の大きさをあらためて感じました。こんな悲しい思いはしたくいと決めていましたが、ふうによく似たヨーキーにめぐり会い 我が家 初の 男の子として迎えました。 やんちゃな破壊王で、家中のものをかんでは壊し、1ヶ月も経たないのに プラスチックを飲み込み 開腹手術となりました。今は元気になり、破壊力はパワーアップし、相変わらず何でも口にしてしまうため、目が離せず うれしい悲鳴をあげながら忙しくしています。ふうに見守られながら、スクスク成長していますが遺骨が手元にあることで、ずっといっしょにいるような気がして、今はそれぞれ皆 仕事に集中できるようになりました。こうなるまでに数ヶ月かかりましたが、菊池様のお言葉に何度 救われたか・・・ 本当にありがとうございました。 大変なお仕事だと思いますが、どうか お身体に気をつけられ、これからも多くの方の支えになって、活躍されることをお祈り申し上げます。

お礼の手紙が遅くなりましたが、本当に 本当に 感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとうございました。  所沢市 S・H


愛猫との いきなりの別れに・・・

いきなりのお別れに 自分の心をどう処理したらいいのか分かりません。

 

私が以前に飼っていたキジトラ(トト)は19才程のおじいさん猫でした。私は(トト)と呼んでいましたが、ほかにも 数軒の家にご厄介になって、それぞれのお宅で違う名前を持っていたようです。フーテンの寅さんのような感じで 気の向くまま 足の向くままで食べ物を頂いて歩くのでしょう。 じん臓がダメで、私は救急班のような役割だったのかな・・・ 獣医さんに連れて行って治療してもらったり 薬をもらって飲ませてあげたりの関係でした。でも、とてもしっくりと 充実と幸せな思いの日々を送っていました。

でも、 やがて それに終止符を打つ日が来ました。 最後の身を寄せる場所を私の所に決めてくれて2008年1月13日 9時13分に安らかに天に召されました。葬儀を終えて しばらくは淋しく、悲しい日々に暮れていましたが、ある方が「(トト)は必ず生まれ変わって また会えるよ」と言ってくれました。その後に、何度も色々な猫ちゃんとの出逢いはありましたが、しっくりくる子はありませんでした。3年前に(トト) の生まれ変わりがいると連絡をしてくれたのは、「(トト)は必ず生まれ変わって また会えるよ」と言ってくれたのは あの方でした。 早速 栃木県までその子に会いに行きました。

生後2ヶ月半ほどの黒猫ちゃんで眠っていました。 そっと手を近ずけ抱き上げて胸に・・・ その時 いままで、どの子猫を抱いてもしっくりこなかったのに、この黒猫ちゃんはストーンと腑に落ちる思いがしました。 理屈ぬきに(トト)の生まれ変わりだと、心底から納得できている自分が不思議でした。 そうして迎えた黒猫ちやんに(龍)と名前を付けて、張り合いと希望の日々がスタートしました。 (トト)は車で出かけることが大好きでした。でも、そんなに いつも一緒に出かけた訳でもありません。 今度の生まれ変わりの(龍)とは毎日、一緒に仕事場に車で出勤して、帰りも一緒にかえりました。殆どいつも私たちは 一緒の生活でした。 幸せは長く続かないもの・・・と耳にした事がありますますが、まさにその通り、平成30年3月12日に 表で予想だにしなかった交通事故で いきなりの別れがやってきてしまいました。 私は電波時計をつかっていますが、その秒針が停止したまま、長針 短針は正確に時を刻み続けていました。 12時間後に スウッと身体を抜けだして天に向かった(龍)の魂・・・? を感じました。 それまで停止していた電波時計の秒針は、再び時を刻みだしているのに理屈では説明できない生命の不思議を体験しました。

また 必ず生まれ変わってきて、会おうね・・・(龍)‼ 

 

所沢市・K.A

 


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